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今日の戦艦大和② [趣味・遊び]

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前回と同じような写真ですが、黒っぽく見えている箇所に、軍艦色2とつや消し黒を1:1で混ぜたもので着色しました。地道な作業嫌いじゃないんです。それにしても、進んでいる感がない。一気に何かが加速するってことはなさそうな戦艦大和です。

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さて、今回足りな塗料を買ってみて気付くんですが、塗料の値段がこれだけ上がっています。10年の年月を感じずにはいられない。と、それだけでなく、恐らく10年前に買ったと思われる塗料もちゃんと使えるということも、佐藤のなかではかなりの衝撃です。変わるもの変わらないもの。佐藤も変わらない方の部類に入って来るのかしら?

さて、この戦艦大和49巻までの一連が終わったら一旦大和は置いて、母さんの友達からオーダーで頼まれているデニムのトートバッグ作りと、鈴木区の桐山さんに頼まれている、デニムのスマホケース作りに入って行こうと思っています。

今日の戦艦大和 [趣味・遊び]

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今朝31巻~49巻の金属パーツをまとめてスプレー作業しました。まとめてやらないと塗料が無駄になるよね。

そして夕食後に0.5ミリのワイヤーを6ミリに150本切り出しました(写真の下に写ってるやつ)。ここまではいいとして、これを瞬間接着剤で貼っていくのは時間かかるだろうなあー。

本当にみんなやったの?(笑)

ま、次の休みまでその作業はお預けですな。時間がどれだけかかるか読めないよー。でもその休みまでに、スプレーした部品の細かいところを、軍艦色2とつや消し黒を混ぜたやつで塗るという作業をやっておかねばなるまい。

この一連が終わると、49巻までが完全に終わる。よくぞだわ。やってやるぜーー!

溝呂木梨穂さんという詩人と出会いとにかく感動している。 [感動]

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いつも読んでいる「致知」という雑誌は色々な人が登場してくるんだけどね、ある日溝呂木梨穂さんのお母さんの記事が出ていて。

梨穂さんは生まれてすぐ脳に酸素が送られていないという状態になって、重度の障害者として20年近く言葉も喋れない状態で病院で生活していました。その苦労をお母さんが語るんですが、ある日お母さんの執念が奇跡を起こすんですね。この子には言葉がある!伝えたいことがあるようだと感じるんですね。そして、国学院大学の柴田先生に出会い、梨穂さんの中から言葉が出て来るんです。

梨穂さんの脳は生きていたんです。身の回りの色々な事を感じ、言葉を少しずつ理解し、いつか誰かに私の話を聞かせるんだと、物語を貯めて行くんです。希望を持ち続けて諦めずに待つんです。ゴールがない中で諦めずに好きな言葉を集めて行くんです。

もう奇跡ですよ。

すぐに梨穂さんの詩集「ららりるれろのまほう」を買いました。彼女の思考が、世界が、もう自分には高尚過ぎて、大事に大事に彼女の世界を楽しんでいます。

戦うとは美しい。人であるからこそ成長に向かって戦う理由があるんだということを、彼女は教えてくれました。

佐藤も日々成長したいと思います。それが人が人である理由だと思うから。

豊洲への移転と都職員の低能問題は別々に考えなきゃダメだ。 [ニュース]

築地市場の移転問題が連日報道されているけど、どうすれば豊洲に移転出来るのかを誰も考えずに、豊洲は危険だというネガティブなレッテルを貼るだけ貼る報道機関に憤りを感じる。

地下空洞は誰の指示なのか?の犯人探しに時間を使うよりも、どうすれば今の建物を利用して移転に漕ぎ着けるかを考えなきゃ、年金のグリーンピアや、何の役にも立っていないもんじゅと同じ負の遺産がただただ放置されるだけじゃないか!
空洞を埋めれば建物は使えるはずという前提に立てば、移転に向けて今するべきことが見えてくると思うが、その前提はナンセンスなのか?

こんな馬鹿げた時間と金の無駄使いは許せない。建設会社だけが税金を持っていくことが許せない。今さらのように動き出す都議会議員も許せない。

大事なお金が返ってこないということが許せないという、一都民の声。


原発事故によって被爆したアメリカの軍人さんのために出来ること。 [ニュース]

まずはここからと思いまして。寄付しました。

トモダチ作戦被害者支援基金
http://www.jsbank.co.jp/38/tomodachi_kikin.html
いろんな意味で全てを東電のせいにしている日本政府が何かを発表するとはとても思えないから、ことあるごとに書いて行こうと思います。

被爆国日本の国民として、日本のために被爆してしまったアメリカ人のことを、見てみぬふりは出来ないでしょ。広島、長崎の人たちは特にそう思えるんじゃないかと思うのは、ダメなのかしら?

まずはこんな第一歩。

ブラジルでのオリンピックが始まる。東京では小池百合子新都知事の都政がスタートする。そして佐藤は明日から夏休み(^^) [ニュース]

今回の都知事選では勇気を持って立候補した小池百合子氏が圧倒的と言っていい得票差で知事当選を果たした。それはそれでいい。面白い選挙だった。

しかし!

いざ登庁という場面での都議会議員の振る舞いに都民として恥ずかしさを感じてしまう。

そもそもの知事選挙での他候補の戦い方が気に入らない。自民党員が家族でさえ小池候補を応援することを許さないとか、除名をチラつかせるとか。小池氏が当選したら都政の混乱を招くとか、自分が公認した枡添前知事が犯した都民への裏切りを棚に上げて、兎に角情けない戦い方をしていた。結局覚悟が一番あったのが、小池百合子だったのだと思う。

自民党候補の敗因は、結局のところ都民のためというよりも、自民党のための選挙戦を繰り広げた自民党自体の体質にあると思える。

どこかの番組で、国会議員選挙と違って都知事選は党の後ろ盾がなければ成り立たないはずなのにというようなことを言っていたけれども、選挙は市民の意見が反映されるべきところで、政党や政権のためのものではない。覚悟を持って都知事選に挑んだ小池氏を都民がしっかりと選んだということが、今の都民の民意であるとして採用されるしかないということを、都議会議員は肝に銘じるべきだ。都議が今のままなら、万が一解散みたいなことになったとしたら、都民は今の議員を再選させることはないであろうことも予想が出来る。

特に議長や副議長の写真撮影拒否という馬鹿げた振る舞いを都民はきっちり記憶したであろう。

なんとなくこの状態は、小池氏が一番最初に言っていた、都議会解散という方針に賛成したくなる流れである。議会の解散権を知事は持たないというけれど、逆に、小池氏の不信任案などを出そうものなら、都民は間違いなく今の都議会にそっぽを向く。

都議会よ。ちゃんと仕事をしろ。お前たちは都民のために働くのであって、政党のために働いているんじゃないということをもう一度考えるべきだ。

総理の考えていることは分からないが「一本取られました」と言ったことで、事態は収束していくのかもしれないが、都連幹事長を辞任した内田茂のことはこれからも追い掛けるべきだし、関連会社がオリンピック関連の受注を受けているという文春の記事をマスコミはもっと叩いていくべきだ。不倫なんかとは桁違いの大きな事件なのだから。

そして都民佐藤は久しぶりの長期休暇を子供のようにはしゃがせてもらいます(^^)

野球の練習でも、お芝居の稽古でも「本番でやらないことはやらない」という覚悟がいいプレイヤーを作る。 [日々感じること]

「本番でやらないことはやらない」。お芝居でも野球でもなんでもいい。高みを目指すならば圧倒的に必要な思い。そこまでを目指さないのであれば苦しいだけだけどね。

本番でやらないことって何だ?

ざっくりし過ぎて焦点が広がってしまうよね。でも、言葉にするとそうなる。何のためにやっているのか分からないことはやらないってことなんだけど。やらないことって言うからぼやけるのか?本番と練習は変わらないってことなんだけど、どう話せば伝わるのか?

佐藤がどこでそれを感じたのかを書いてみればいいのかな?

まずは野球の話。小学2年の時。佐藤は野球を始めました。何も考えずに野球をしていましたが、毎日練習していても何が上手くなっているんだか分からない日々が小学校~高校まで続きます。自信を持ってプレイすることが出来ない。これ分かりますかねえ?こんなこと書くと当時のメンバーに怒られそうですけど敢えて書きますが、そうだったんだあーーーって気が付いたのは、30歳を過ぎてからなのね。あの時はそうだったんだなあってね。

きっと佐藤は子供のころからそこそこ野球がやれてたんです。だから一応レギュラーに選ばれたりする訳です。それはそれで嬉しかったんですもちろん。だけど、だからといって俺は上手いんだ!とか、上達してるぜ!!という思いにはならないんですね。年数を重ねるにしたがって、どうしたら俺は上手くなるんだ!!上手いって何だ!!俺より上手い奴いるぞ!!挙句の果てには、野球ってなんだ?ってね、ずっとそんなこと思ってたなあ。「そんな思いの奴の補欠だったのか俺は!!」と怒るチームメイトもいるでしょう。すみません。

正直高校野球は苦しかったなあ。正解が分からなくて。上手くなってる手応えがないのにレギュラーでいることが苦しかった。もともと持っているものだけでやってればいいだけなら練習いらないんですよ。苦しかったなあーー。だって練習しても練習しても上手くなっていく手応えがないんですから。

さて、それでも佐藤は、そんな思いのまま大学野球に進みます。これが不思議なところなんですが、都大会2回戦レベルの男が、大学野球を選択するというミラクル。魔が差したというかね。魔が差して大学野球は選ばないとは思いますが、そこが佐藤のネジが外れている部分なんですかね?(後にソニーを辞めるのと同じ脳みそであることは間違いなさそうですが)そのときは、せっかく六大学に入ったんだから、大学野球を極めてみよう!と思うわけです。野球への憧れというか、ずっとプロを目指してやってきたからね。心のどこかで上手くなりたい。本当の野球を知りたいという思いもあったと思う。野球したかったんだなあ俺。

でもね。大学で野球をやって本当によかった。いや本当によかったです。すぐですよ。1年の夏前には何を上手くなればいいのかが分かりましたから。一つ上に後にジャイアンツに入る仁志敏久さんという先輩がいて。練習中、キャッチャーからのスローイングがセカンドベースの手前でワンバウンドしてきた時に、佐藤は上手にショートバウンドで捕ったんですけど、「それじゃアウトにならねーだろ!」って怒られたんです。そのときですよ。全てが分かりました。

アウトにすればいいのかあーーーー!!!!!
そのために練習してたんだあーーーー!!!!

ってことですよ。そりゃそうだけどなかなか気付けない。どう?分かる?

ベースの手前でどれだけ上手に捕っても何にもならないということですよ。アウトにしたければ、ベース上でハーフバウンドで捕る。どっちみちセーフになるのであれば、ハーフバウンドで勝負した方がアウトになる確率は上がる。万が一逸らしても、センターがちゃんとカバーしてくれていれば大丈夫。おっちょこちょいなランナーなら、その瞬間に離塁が大きくなったりして、またアウトを取れる可能性が出てくる。凄い広がりだ!!!

何に気が付いたのかというと。

それまでの佐藤は簡単に言えば監督に怒られないようにやっていただけだったということに気が付いたんです。それだけじゃなく、もっといい形で捕ろうとか、グラブ捌きをもっと華麗にやらなければとか、そんなことばかり考えながら練習していたんですね。上手くなることはかっこよくプレイすることと思っていたんだと思います。アウトにならないようなプレイをして喜んでいたんだろうなあ。でも違った。アウトに出来たことで喜べばいいのよ。だって、やらなければいけなかったのは、アウトにすることなんだから。なんでもいいからアウトにすることだけを考えていればよかったんです。形なんて汚くてもいい。兎に角アウトにすることに命を掛けていればよかったということに突然気が付いた瞬間でした。考えてみると、アウトにしたいからいい形で捕球したいし握りかえも早くしたいし、守備範囲も広げたい訳よね。

「それじゃアウトにならねーだろ!」

それからの佐藤の野球は、アウトに出来る打球を一つでも多く増やすことに収斂していきます。アウトにするために走り、投げ、転がり、叫ぶ。見たことのある打球ならこれ知ってる!と思いながらアウトにし、見たことのない打球なら、こんな打球みたことないぜ!記憶しなければ!と引き出しを増やし、必要な距離を投げられるように筋トレをして、逆にアウトになりたくないから足を早くする。もうねえ、何を練習していてもアウトに繋がることに喜びを感じながら野球に取り組めているんです。その思いは44歳を過ぎた今も変わっていません。凄いことだ。一つのきっかけだけですよ。だからそれ以降は、野球をやる以外にも、サッカーを見ていても、バレーを見ていても、新聞や雑誌、小説を読んでいても、アウトにするヒントを探している自分がいますよ。これがどういうことか分かりますか?

一生楽しめる。

ということですよ。高校までの、ポテンシャルだけで勝負する野球しかしらなかったとしたら、練習の重要性も分からないし、年とともに衰えていく自分が嫌になって野球をしなくなっていたかもしれません。それがなんと。

一生楽しめる野球。

になったということの幸せよ。プロの選手が毎日毎日ちゃんと練習する意味も分かるというものですよ。年を取ろうがなんだろうが、アウトにしたいという思いだけで、野球が楽しめるんだから、そりゃ幸せですよ。一つアウトを取ったらそれだけで本当に幸せです。誰かがアウトを取っても嬉しい。アウトを取っている姿は美しいんです。しかもそうなると練習も本番もないんですね。とにかく打球が飛んだらアウトにしよう!!それだけ。野球ってそれだけです。俺の野球は幸せ野球です。

全ての練習は本番のためになるしかない。本番も練習も変わらない。

ということですね。これ以上練習しても本番でミスが出たら大変だから、新しいことはやるのはよそう。ってことにならない。そうではなくて、新しいアウトの取り方が見つかれば、本番中でもやっていいというのが、佐藤の見つけた野球です。そもそもミスらない人間はいないしね。もしも対戦相手のプレーを見てあんなアウトの取り方があるんだーーーって思ったら取り入れればいい。うちはそういうプレイはしませんからっていうのがない。なぜなら、目的がアウトだから。アウトのバリエーションはあればあるだけ有利なんだから。そして、本当にアウトのことばかり考えてグランドにいると、緊張もしなくなるんです。

ここもポイント。

緊張はへっぽこの自分を見せたくないという自分自身の思いだから、一つもチームのためにならないんですね。そういえば、かっこよくとか、華麗にということを目的に練習していた時は、本当にミスしてたなあーー。逆にアウト、アウトって思ってグランドに集中するとミスも減ったし、そもそも緊張する暇がないんですね。打球に集中できるから。面白いよなあーーー。それからはミスしても、ミスするということは、捕れない打球があるということだから、もっと練習するしかないなっていうシンプルな思いに繋がっていったなあ。

野球の話ばかりしてますが、そうでした。佐藤の幸せの話は置いておいて。お芝居の話。お芝居も同じです。お芝居にとってのアウトアウトっていうものは何だろう?と佐藤は思ったんです。

答えは簡単。「感情」と「キャラクター」でした。

お芝居で言うと、「お前プロだろ!」っていう言葉をもらって「俺はプロなんだな」って思うようになったとか、「それ面白いの?」っていう言葉を頂いて「面白いには答えがあるのか」という思いになり、最終的には「それじゃアウトにならねーだろ!」と同じようなきっかけがちゃんとありました。

以前参加したお芝居に、自称音楽関係者という役があり(なんじゃその役は)、ダブルキャストでしたが佐藤は衣装も派手なアッパーな業界人を作り、片や逆班の俳優さんは地味目な業界人を作り上げるというね。同じ役なのに全く違う役が出来上がったことがあって。まずどうしてそういう役作りなったかという理由はちゃんとありまして、共演者とのバランスですね。佐藤のチームは見た目でも誰かが派手さを出さないとシーンとして面白みが出ないだろうなという佐藤の判断で、逆班はその逆で、他に面白3人組がいたのでそこを浮き上がらせるために地味な作りに、やっぱりその俳優さんの判断で作りました。キャラ設定は基本俳優に任されていると思うよ。見せた者勝ちだよね。不採用になっても引き出しは増えるということだからね。下手だと思われたら嫌だから試さないっていうのは、自分勝手なことですよ。作品のために必要だと思ったら、下手でも何でも作り上げるしかないんだから。それが俳優の仕事なんだから。ま、それは置いておいて、ということで、同じ役なのに、全く違うキャラクターが生まれたんですね。そこからが面白い。何が面白いかというと、肝になるシーンでの感情がお互いまるっきり同じなんですね。本当にびっくりしましたよ。ここです。佐藤はこの時に確信したんです。

シーンごとに表現されるべき感情はストーリーの中に書かれている。その感情はキャラクターによって左右されなくていい。あとは、キャラクターごとに(俳優ごとに)その感情をどう表現すればいいのかを考えればいいということ。

佐藤はよく逆班を偵察に行って、自分の感情は合っているのかの確認に行きます。もちろんこの時も確認のために逆班の俳優さんの使っている感情を見に行きました。そうしたら見事に同じで。ここで怒って、嫉妬して、許して、悲しむ。みたいなね。「だよねだよね」と出さなきゃいけない感情の確認が出来たのです。もちろん稽古も本番も自信を持って演じましたよ。

ということで、俳優は台本をもらったらとにかく、感情のチェックをしようと。そこさえあっていれば、ストーリー上困ることは何もない。そして稽古期間一ヶ月を使って何をするのか?台詞を覚える、動きを覚えるっていうのは、練習のための練習だから、必要な人が自分の時間でやればいいわけだからそういう作業は除くと、稽古期間に俳優がやる作業は、物語の中の感情を抜き出して、この感情であっているのか?、キャラクターとの整合性は取れているのか?、他の役との関係性に破綻はないか?のチェックをしていればいい。キャラクターは他の役とのバランスもあるしね。その間に演出家は演出という足枷をどんどん嵌めて来る。ここに立て、この間尺で動け、喋れ、笑え、みんなで揃えろ等演出は演出の武器をこれでもかを投下して来る。ただ足枷は多ければ多いほど、同時に感情も決まって来るから、実は役者にとっては大きなヒントであることも多い。稽古だろうが、本番だろうが、感情表現にだけ気持ちを割いていればいい。

じゃあ、滑舌や発声は?ダンスはやらなくていいの?

ってなる?ここも野球と繋がるところだよね。遠くに投げられる方がアウトになる確率が上がるっていうのと同じように、どんなキャラクターでも演じられるように、どんなトリッキーなキャラクターでも演じられるように、滑舌よく喋れたほうがいいし、キレよく動けた方がいい。それというのも、あらゆる感情表現するために持っていた方がいいというスキルなだけ。滑舌がいいからいい役者って訳ではないでしょ?

とにかく俳優は感情だけを考えていればいい。どの感情をどの大きさで使えばいいのかを考えてくれる俳優は信用できる(野球で言うアウトを取ることだけに集中しているプレイヤー)。目立ちたい。面白くしたい。だけを考える俳優は信用できない(野球で言う華麗さを求めるプレイヤー)。感情表現が素晴らしいから面白い。感情表現が巧みだから目立つ。若手はそういう俳優を目指して欲しいなあー。

ということで、「感情」と「キャラクター」どっちも面白い方がいいとは思いますが、まずは感情を的確に表現できる俳優になることを目標にする。その上で、自分の容姿や声を使って感情表現できるキャラクターを増やして行く。

これだけでも一生ゴールはなさそうでしょ?

新しい感情表現に出会ったときの感動。面白いキャラクターを思いついた時の感動。そのうち「感情」表現は当たり前だから、もらった台本の中でどんな「キャラクター」で演じればいいかなあーーってそんなことばかりを考えるようになるよね。そしてどんな作品を見ても、俺にはあのキャラやれるかなあとか、俺の容姿でやるにはどんなキャラクターの方がいいかなあーーとか。そんな風に作品と向き合うようになるよね。それが上達するということ。

ね、一生楽しめるでしょ?

どうですか?いい練習してますか?ただやらされていませんか?どんな思いを持ってもいいけれど、きっとやっていくうちに最終的にこの思いに辿り着くはずです。試してみてください。佐藤は色々反論を試みましたが、これ以上シンプルな思いは見つけられませんでした。

とにかく、練習して上達しよう。日々の高まりを感じよう。練習して何を上手くなればいいのかが分かった時、野球でも、芝居でも、他のこと何でもかんでも、信用できるプレイヤーに近付くのかな。年取って腕がないっていうのは辛いよ。

「現状で満足しているプレイヤーは信用できない。 日々上達することを目指すことがプレイヤーとして生きると決めた人間の使命である。」

練習して何が上手くなっているのかが分からないと思っていた若いときの自分に本当に教えてあげたい。

お祝いコメントありがとうございます!44歳になり、突然歯に物が挟まるようになりました(笑) [日々感じること]

充実の日々を過ごしています。

ボルダリングのシューズを買いました。まだ一回しか行けてないけど、暇見て行く気十分です。

3109の新商品の試作品作りが楽しくて楽しくて。犬用のデニムキャリートートを作ったり、下駄デニムを作ってみたり、デニムスマホケースや、スマホキャリーポーチとか。デニムの加工が楽しくて楽しくて。

あとねえ。

うちのわんこキロクさんが可愛くて可愛くて。



あーーーー、歯に物が挟まりさえしなければ、こんなに幸せなことはないのにね(笑)

これが年を取るということなのよね。受け入れるしかないの。

震災も同じよね、地球に生きている限り、受け入れるしかないの。それでも人は生きる。諦めずに立て直す。こんなときに人間力は試されるんだと思う。亡くなった人の分もしっかりと生きるようにする。3.11を経て感じたことだなあ。

余震が早く収まるまでは我慢だね。辛抱してください。

ということで、44歳のこの年をしっかり生きていこうと思います。

ありがとうございました。

NHK奇跡のレッスン。スポーツで壁にぶち当たっている選手にとってこんなに凄い番組はないよね。ヒントだらけ(^^) [発見]

しかも、今の時代はとにかくすぐに共有できるから、能力の高い子が素直にこの番組を見てプレイに取り入れたら、どんどん伸びると思う。

今日の種目はバレーボール。バレーボール世界一のブラジルのユースチームの総監督マルキーニョスさんのレッスン。

「プレッシャーは責任感を分け合うことで乗り越える」

凄い一言よね。分け合うってことなんだあーーって、凄く共感です。あとね、

「緊張しないようにするには、感情と集中力のバランスが大切」

来たーーー!ほら!ここにも感情が出てきた!羽生と同じじゃん!佐藤とも一緒だし。そして感情が豊かだと集中力が増すというグラフを書いていた。



俺さあ。日比谷高校で同じこと言ってたんだあ。 感情を隠すな!って。そしてね、緊張を打ち破る簡単な方法はねえ、何だと思う?

大声を出す。

だって。これも日比谷で言ってたわ。緊張したくなかったら声を出せと。

ここから先は俺の理論なんだけど、「グランドは声を出してもいいところなんだから」って俺はよく言ってる。

緊張してると声は出ない。声を出すと緊張しなくなる。

マルキーニョスさんの心理学からの理論でも同じこと言ってるんだからねえ。とっとと大きな声で叫んでろってんだよね。

だけどね。この先に

「恥ずかしい」

という思いがあるんだよ。恥ずかしくてやったことない大きな声が出せないっていうね。そして厄介なのが、この恥ずかしいという思いは、自分が恥ずかしいだけで、チームにとっては必要のないものなんだということにはなかなか気が付かないってことなんだよね。俺は声を出さない奴のことを

「責任を放棄しているド阿呆」

と思っているけどね。ちなみに声を出せた瞬間から「天才」という評価にすぐ変わるんだけどね(笑)

チームプレイはチームにマイナスになる要素をとにかく排除していくことが、チームを強くすることに直結していくからね。恥ずかしいという自分を甘やかす感情とはとっととおさらばした方がいいよね。すぐ天才になれるから。

あ!こんなことも言ってた。

「怖いの反対は勇気」

勇気出せよ!自分を守るな!勇気を出して世のため人のためチームのためだ!

あーーー早く野球したい。声出したい。明日も晴れるといいなあーーー(^^)


随分前から佐藤は日本を本気で守ろうとしている人がいないことに危機感を覚えている。 [ニュース]

文章が纏まってこないけど、書いておかないとタイミングを外しそうだからブログに載せるけれども。佐藤なりの安保解釈の話。

「憲法を守れ、平和を守れ、命を守れ、民主主義ってなんだ」「子供を守れ、未来を守れ、そして野党は牛歩、野党は野党は頑張れ、野党は共闘」

20日の社民党大会でシールズの本間くんの挨拶の記事の中から、去年の9月に反安倍政治に対するスローガンを拾ってみた。

反安保という政治活動への違和感がここにある。

誰も「国を守れ」と言わないナンセンス。世界はユートピアじゃない。争いがなくならないことは、歴史が証明している。自分たちがやらないと言ったって、既に世界は戦争に巻き込まれているようなもんだ。

反安保体制側は、国があってこその平和だということを考えているのか?誰が国を守るのか。戦争に反対するのはいい。ただ国を守ることに異論を唱えさせる訳にはいかない。どうやって国を守るのかちゃんと考えることから始めるのはどうだろうか?

誰も戦争をするなんて言ってないんだから。しないとも言っていないのかもしれないけど。そもそも、軍人がいないのにどうやって戦争するんだろう?徴兵制度が議題に上がってからでも戦争反対は唱えられるかもしれないと思う。

戦争以外で国を守る時に人が死ぬことは許されるのか?

どの仕事よりも職務中に死ぬ可能性が高い職場を選んでくれている人たちがいる。 自衛官が殉職することはあるだろう。警察官も殉職するかもしれない。国を守るために体を張ってくれる人がもう既にいることを忘れないようにしよう。何かあったら、武器を持っているこの人たちに守って貰うしかないんだから。何かあったら市民の盾になってもらわなきゃいけないのに、彼らさえ誰かに守らせようとしているかの主張があるよね。

こうも言っている。

「安保法制は日本の若者の血を流す法律だ。どこかのタイミングで実際に海外に派兵されたとき、死ぬのは僕らの世代だ。こんな法律、認めるわけにいかない」

どこかのタイミングでもなんでもなく、竹島、尖閣諸島、北方領土、更には北朝鮮の拉致ということも含めて、日本の領土は侵略を受けている。受け続けている。

デモに参加している人たちには、国土を守ることも合わせて考えて欲しいと思う。その方が先なんだと思う。報道されてないだけかもしれないけど、日本を守るための政治参加も期待したい。

こんなところかな。