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核兵器禁止条約に佐藤は手を挙げる [ニュース]

核兵器禁止条約に佐藤は手を挙げる。

日本人であるならば核兵器の禁止を望んでいると信じて話を進める。さていざ禁止すると、そこからが難しいらしいんだよ。

核兵器を禁止する。

を前提にこの先の国防を考え直さなければならないからだ。日本が核兵器禁止条約に参加しない理由はただこれだけだと言っていいのではないか。全てはここから派生する問題だ。アメリカの核の傘に入ることを前提に国防が考えられているのが日本の国防外交であるからだ。ずっと知っていたことだけど、仕方ないのかと思っていたけれども、ここが間違いなんだと実感する。これは絶対におかしい。結局日本はどこかの国に核兵器を向けているということだもの。これが間違ってないと誰が言える?日本という国のアイデンティティが崩壊している状態がずっと続いてたんだね。俺たちはごまかされていたということだ。

もう一度考えてみよう。世界には本当に核兵器は必要なのだろうか?核兵器とは何だ?そもそも冷戦が終わって東西で核を盾に睨み合っていた時代はもう終わっている。にも拘らず、何故核兵器は必要なのか?それは、その頃の対立構造の名残であると言えないか。今の世界は圧倒的に民主主義に向かってしまっているではないか。自由主義と社会主義の対立はもうほとんどないのではないか?日本国内の政党を見てもそれは明らかではないか。今の対立構造はと言えば、宗教による価値観の違いという対立に変わっていないか。宗教に核兵器はいらないんだよ。だから核兵器を必要としているのはそこではない。じゃあどこだ。佐藤は中国の存在がどうしても腑に落ちないと思っている。今の世の中にあって、民主主義を否定している中国という厚かましい国は、こともあろうに時代錯誤の領土拡大の野望を堂々と判りやすく進めているというおかしな構図になっている。

核兵器の前に、中国という国をおさらいします。中国という国を一言で言えば「厚かましい」という事に尽きる。中華人民共和国が国連の常任理事国でいる理由はないはずだったのだ。もともと国連常任理事国は、戦勝国へのご褒美的な形で存在していたはずなのに、戦争に参加していなかった中華人民共和国という新しい国が国連の常任理事国にスライド式になってしまったという経緯がある。どういうことかというと、まず、第二次世界大戦時に中華人民共和国は存在していなかった。今や誰もそのことを言わないが、そのとき戦って勝った(負けなかった)のは蒋介石の国民党が中心の中華民国なのだ。では中華人民共和国とは何だ。それは大戦時、中国国内で力を温存していた毛沢東の共産党が第二次世界大戦後の米ソの対立の中、大戦後の疲弊しきった蒋介石の国民党を内戦の後に台湾に追いやって、その結果、中華人民共和国を樹立されたのである。そして米ソ対立の冷戦のどさくさで、なし崩し的に中華人民共和国が中華民国に変わってそのまま常任理事国に居残ってしまったのである。

よくよく考えると今の世界の混沌の原因はこの一点に集約されていると思える。この根っこのことはもう誰も問題に出来ないことなのだろうか。ソ連も中華民国ももはや存在していない。つくづく思う。世界とはそのように出来上がっているのだと。一度権力構造が出来上がってしまったら、それが間違っていようがなんだろうが、もう規定路線になってしまう。それを元に世界は動き出してしまう。世界規模に均しても結局世の中は権力に屈するしかないということなのか。人間のすることはそんなもんだ。大小の差こそあれ、いじめの構図と同じで、力には逆らえないということなのだろう。

力で押さえつけようとする兵器。核兵器。世界に君臨するための力。

大至急禁止しましょう。一度爆発すればどういう結果になるのかを身をもって知っている国の国民として、今すぐ否定しましょう。そこを前提にしなければ、憲法も安保も議論は出来ないはずだ。

中国の話は余談でしたよね。でも、知れば知るほど、根っこはそこにあると思える。

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