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昭和から平成を経て、新しい時代が来る前にまとめておきたい様々なこと [日々感じること]

今佐藤区が思う日本の様々な問題を一回まとめようと思います。

日本の領土問題
どのタイミングで日本の領土は決定されたのかを考えるだけで完了しそうなのだが、どうしていつまでもぐだぐだなっちゃうんだろう?歴史をゆっくりじっくり振り返って見たところ、佐藤の認識では、ヤルタ会談からポツダム宣言によって、対日終戦条件・戦後処理方針は規定され、日本の主権を本州・四国・九州・北海道と付属小島(これがどこを指すかは調べていない)に限定されているはずである。この段階で敗戦国の日本は無条件にこの決定に従うことで終戦したはずなのである。あそこは元々日本古来の領土なんだという考え方は通用しない。残念ながら、日本は戦争で負けたのであって、領土が減るのは自業自得なのだと思う。それを、敗戦国である日本が戦勝国アメリカ軍の庇護の下、領地についてあーだこーだ言うのをどの国が聞けるというのだろう?戦争とは陣取り合戦で、命の奪い合いで、日本は敗戦国であるということを、日本人は忘れてはならないのだと思う。21世紀になっても、戦後73年経ってもそのことは不変の事実なのである。高度経済成長を遂げて以降の日本人の中に、太平洋戦争に負けた国という認識は薄い。逆にアメリカに次ぐ世界2位の国なのだ(だったのだ)から、世界各国の中にあっても優位でいられるという思いは強い。

負けた国だからこそ、倹しく、争わずに世界の中で存在感を発揮するべきところなのだと思う。平成は戦争のない唯一の時代だと言うが、世界に大変な迷惑をかけた敗戦国であるからこそ、未来永劫戦争をしないと誓った国であることを肝に銘じたい。これからもずっと日本人は戦争をしないのである。

在日米軍と沖縄問題
そもそも、米軍が必要な理由をもう一度洗いなおそう。そのうえで本当に沖縄にあることがいいのかを検証したい。戦争をしない国はまず、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)に賛同するべきだと思う。唯一の被爆国である日本が核兵器を認めるような動きをしてはいけない。戦後日本に暮らす日本人のアイデンティティーの大前提は、核兵器を禁止することであると信じる。与党はそう思っていないみたいだが。

北朝鮮に拉致された人たちに関する問題
北朝鮮による拉致はあったという国際認識があるのであれば、せめて、お墓参りくらいできるように日本政府は動くべきだ。被害者の方たちが、生きている生きていないを確かめるのも必要かもしれないが、現地に家族が行って、拉致家族の生活の様子を知って、死んでいるとされている方の埋葬されている場所に速やかに立ち会わせてあげたい。綺麗ごとでは済まされない年月の残酷さがある。待ったなしの第一課題のはずだ。政府は自分のこととしてもっと考えなければならない。

自分の子供が突然消えるという恐怖。
犯人が目の前にいるということの恐怖。
その犯人と交渉している様子が全く感じられないという恐怖。

どの恐怖が一番大きいか。日本も同罪じゃねーか。恐ろしい。

原発問題
すでに安全神話は崩壊しているにも関わらず、まだ動かそうとする理屈がどうしても理解できない。制御出来ないものが動き続けることになぜ政府は疑問を抱かないのか?お金のことがあるのなら、動かすのも、壊すのも同じだと思うがどうだろう?今後何十年もかけて廃炉にしていくのであれば、廃炉に向けて仕事が減ることはない。
核廃棄物の最終処分場も各都道府県に置くべきだ。責任は共有しよう。誰もが煙たがるものをなぜ必要だと言うのだろう?だからこそ逆に煙たがるのを辞めたい。受け入れてしまおう。その方が理屈に合う。
原発問題に付随して、除染作業にかかる費用が、被災した方たちに流れずに、関係のない団体の経営陣に流れていることをどう思っているのか?被災者が作業しているということもないのかもしれないが、少なくとも命を懸けて(本当に命懸けかは別として、誰もしたがらない作業であることは間違いない)作業している方たちが潤わずに、手配している人間が潤うという報道の真偽はすぐにはっきりさせて欲しい。こんなに頭にくることもなかなかない。どうしてこういうことがまかり通るのか?出鱈目にも程がある。

・被災する。避難する。なかなか生活が思うようにならない。
・よそから被災地に稼ぎに来ます。いつまでも作業が終わらない。作業員ではない関係者の懐が温まる。

このように、被災者と復興者の流れが分断されているように感じるが、本当のところはどうなのだろうか?この流れが間違っていないのであれば、とにかく違和感を感じる。

・被災する。避難する。自分たちで街を復興していく作業員になる。ちゃんと報酬が出る。今後の生活の足しになる。(平等に潤う。誰かが偏って潤わないようなシステム作り)

ボランティアばかりに目が行きがちだけど、復興は自分たちでしていくことが大事なのではないだろうか?お金と人の使い方をもう一度見直すことは出来ないものか。

余りにも理不尽なことが多くないかな。

安倍政権によりふたをされたまま放置されている様々な事柄
森友、加計問題の不自然さはどうしてもぬぐい切れない。学校を建てるという行為と、学校を開校するという決定の間にある様々な矛盾も含めて、問題がシステムの中にあるということを確かめたい。統計不正の問題も根っこは同じ。バレなければ大丈夫というのは、20代から薬を使っていたと言っている芸能人と同じはずなのに、芸能人は逮捕されたが、政府の職員はのうのうと毎年給料が上がる公務員であり続けるという理不尽さはどうしても呑み込めない。

こんな人たち集まる日本の中枢が、以上の問題を真剣に解決して行くとはとても思えないというのが、今のところの結論になってしまうのかな。

これから生まれてくる子供たちに何かを伝えられる大人でありたい。佐藤区はそんな思いで活動しています。日本人である以上、避けては通れない問題に対して何を思うのか。

無関心ではいられないから。佐藤区は考え続けます。

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